五劫の涙

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「五劫(ごこう)」という言葉がある。「劫」とは仏教の時間の単位で、四十里四方の立方体の岩を、百年に一度っきり軟らかな衣で撫でることによってこの岩が磨り減ってしまい、跡形が無くなってしまうまでの時間をいうそうである。その五倍が「五劫」だから、まさに気の遠くなるような天文学的以上の時間といえる。
阿弥陀如来(あみだにょらい)は、その前身の法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)の時、これほどの時間を費やして、私共のことを思いつめてくださったという。「そんな馬鹿な」と、高座に座った布教使さんから、この話を聞きながら、吹き出した子供の頃を今、懐かしく思い出す。
時が流れ、所は変わり、コンピューターを駆使する時代となったが、人間そのものは一向に変わりばえがしない。変わるどころか、ますますどうにもならぬ深みに沈んでいくのが、今日の悲しさである。
この頃、お年寄りの世界で、長生き派と早死に願望派が対立してきた。生きられるだけ生きたいという派と、反対にボケでもしたら大変だから、早くポックリ死にたいという二派がそれである。
ある日、あるお年寄りの一言。「ご院家様、今は結構な世の中、年金はくれるし、病院はタダ同然、ゲートボールも面白い。二度とこられぬこの世なら、生きられるだけ長生きせんと損」とニコニコムード。
次の目、全く同じ人物のネクラの繰り言。「ろくな裟婆ではございません。早うお浄土へ行かんと」どうも息子達から冷たくあしらわれたらしい雰囲気。
実に長生き派と早死に願望派は、一人の人間の中にも同居しているようである。哀れにも年金受取りの帰り際だけ長生き派で、すぐ早死に派に変身してしまうお婆ちゃんも身の周りに意外と多いものだ。
事実、人間の心ほど移り変わりの激しいものはほかにない。その癖、変遷極まりない自己の感情を拠り処としては愚かな過ちを繰り返し、無様な生きざまを晒しているのである。
だからこそ阿弥陀如来は、水が低い方へと流れるように、法蔵菩薩と一段下って救いのスタートを起し、五劫の涙を流してくださったのである。
五劫の思い入れに始まった私の救済が、はや完結したことを物語っているのが、阿弥陀如来像である。木や紙の仏であってもご本尊なればこそ、死んだ我が子の写真が紙とは思えぬが如く、生きたお慈悲が顕れてくださっている。
座ってはおれぬと立ち上り、今にも一歩私の方へと歩み進んでくださって、毎日お念仏の声にまでなってくださっている如来の躍動をもったいなく思うことである。

勝明寺住職 木下慶心「浄土真宗とっときの法話8」

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